落語入門「番外編その一 自己紹介と気軽に見てほしい落語」

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前回は、「初代 露の五郎兵衛」に少し遅れて米沢彦八が大阪で、鹿野武左衛門が江戸で活躍して、大阪や江戸にも落語が根付いていった…ということを書かせていただきました。

今回はその「初代 米沢彦八」について書かせて頂こう…と、思ったのですが今日は「番外編その一」として、大きく脱線させていただければ幸いです。





ちょっとだけ自己紹介させてください。

私、狸寄席でブログを担当させていただいております。

札幌生まれの四十代の男性で、大学以降10年以上首都圏ですごし、今では札幌在住です。

あらためまして、よろしくお願い申し上げます。

現在「落語入門」という題名で、落語の歴史を私なりに紐解かせていただいております。

実は私は、つい最近になって落語に触れさせていただいており、初めて落語を聴いてまだ半年たっておりません。(ごめんなさい、苦笑)

そんな落語一年生の私がブログ担当を拝命して、何を書かせていただこうか悩みました。

悩みに悩んだ挙句、もともと私は歴史が大好きだったということもあり、「落語の歴史を一から勉強したい」と思い至りました。

以降、時には文献で時にはネットで、いろんなことを調べて文章にしており、おかげさまで第三回まで拙文ながら掲載させていただいてしております。

つまり、当ブログの「落語入門」とは、ブログ担当の一夜漬け的(苦笑)な勉強の成果だったりするのです。

そのため、もしかしたら間違って解釈していたりする場合が、多々生じてしまうかもしれません。

その際はぜひご指摘いただければと存じます。

早急に調べなおし、訂正させていただきます。

こんなブログ担当の私ですが、今後もお時間ございましたら、拙文にお付き合いいただければ幸いです。

落語の歴史、調べてみると、ホント面白いので、これからもがんばってご紹介していければなと思います(^^)。





ただ、歴史となると、人名の漢字とか、ところどころ難しい話もあるかもしれません。

でも、こういう歴史や人名を一切ご存じなくとも、落語ってフラっと聴きに来て楽しめるのがいいところなんです。(このような趣旨の一文を今後「落語入門」の文末に添えさせていただく所存です(^^))

なので、狸寄席もしゃっちょこばらずに、お気軽においでいただければと思います。

落語入門第三回では、「初代 露の五郎兵衛」は道路、つまり「大道」で、机のような「高座」と呼ばれる台の上で噺を披露し、聴衆から金銭を得る「辻噺」を始めた…と記載させていただいた通り、落語は大衆演芸です。

身構えて聴くものでも、緊張して聴くものでもありません。

お弁当を片手に、ゆったりと席に座って、リラックスしてお聴き下さい。

また、音楽のコンサートや演劇の舞台がそうであるように、演者さんの息遣いや細かい表情、会場の空気、観客の反応など、その場でしか味わえない生の醍醐味は落語にもあります。

まだ落語を聴きに来られたことの無い方も、一度その雰囲気をぜひ味わっていただきたいと思います。

「番外編その一」はこれくらいにして、次回は今度こそ「初代 米沢彦八」について書かせて頂こうと思います。

落語入門「第三回 上方落語の誕生」

前回、京都で活躍した噺家「初代 露の五郎兵衛」が1691年(元禄4年)に著した「軽口露がはなし」では、全88話中、実に28話が、落語の源流ともいえる笑話集「醒睡笑」に由来する噺だった…ということは前回書かせていただきました。

今回はその「初代 露の五郎兵衛」について書かせて頂こうと思います。





初代 露の五郎兵衛はいわゆる落語の「名跡」でして、元々は「落語の祖」と言われる「安楽庵策伝」同様、僧侶でした。

彼は剃髪、還俗、剃髪を繰り返し、その間に『軽口露がはなし』『露新軽口ばなし』『露五郎兵衛新ばなし』などを著したとされています。

なお、1968年に露の五郎兵衛を襲名した2代目はいわゆる現代の方でして、2009年に亡くなりました。

2代目の門下には、日本で初めての女性落語家である「露の都」ら、総勢10名を超え、「露の五郎兵衛一門」として、上方落語界で活動しています。





さて、2代目に話がそれちゃいましたね。

話を初代に戻します。

露の五郎兵衛の活動拠点は京都でした。

前述の安楽庵策伝も京都で活動していたことを考えると、このころの落語のメッカは、大阪でも江戸でもなく、京都だった…ということになります。

少し遅れて米沢彦八が大阪で、鹿野武左衛門が江戸で活躍して、大阪や江戸にも落語が根付いていきます。

現代ではお笑いのメッカと言われている大阪の名前を冠して「大阪落語」と呼ばずに、大坂や京都を初めとする畿内を呼んだ「上方」という名前を冠して「上方落語」と呼ばれているのは、落語のふるさとが京都なので京都に敬意を表して…ということなのかもしれません。

なぜなら、昭和初めまでは「大阪落語」「京都落語」とそれぞれ呼ばれていて、そのまま「大阪落語」としておけばよかったのに、京都落語の勢いが衰えたのを受けて両方を合わせた「上方落語」という名称に敢えて呼び名を変えたのですから…。。





安楽庵策伝が僧侶としての立場で説教の中に落語の源流を見出したのに比較し、露の五郎兵衛は道路、つまり「大道」で、机のような「高座」と呼ばれる台の上で噺を披露し、聴衆から金銭を得る「辻噺」という方法で、大衆に落語文化を根付かせていきます。

なお、「高座」は落語や演芸から生まれたものではなく、もともとは寺院などで僧が説法するときに座る一段高い席を指します。

そういったことからも、落語はお坊さんの説教に源流があることがお分かり頂けると思います。

ちなみに露の五郎兵衛は、京都の北野天満宮、真葛が原、四条河原なので辻噺を演じたとされています。

もちろん、辻噺だけではなく、余興座敷や、貴人に呼ばれて話を披露することもあったそうです。

このように「上方」京都に落語を根付かせていった露の五郎兵衛を、「上方落語の祖」とする声もあります。

彼が活動した北野天満宮境内には、記念碑が建てられていますので、もし機会がありましたらおいでになってみてください。





次回は、やはり文中に出てきた初代 米沢彦八について書かせて頂こうと思います。





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今日の画像は、今日は口座のこともちらっと書きましたので、昨年10月27日に再際されました「第一回狸寄席」での高座を。

一か月ちょっと後の4月26日(土)に札幌プラザ2.5で開催いたします「第二回狸寄席」でもこのような形の高座が形づけられます。





※もし間違ったことを書いておりましたら、大変お手数ではございますがご指摘ください。早急に加筆・訂正させていただきます。

落語入門「第二回 落語の源流”醒睡笑”」

前回は「落語の祖」と言われる「安楽庵策伝」のことを書きました。

今回は、前回もちらっと書きましたが、安楽庵策伝が残した笑話集「醒睡笑(せいすいしょう)」についてもう少し掘り下げてみようと思います。





前回、「醒睡笑」が成立したのは江戸時代の序盤、1623年か1628年ということを書きました。

何故その時期だったのか?と推察するに、恐らく応仁の乱以降の騒乱の時代には、人々に「笑い」を楽しむという余裕がなかったのではないでしょうか。

戦国時代は豊臣秀吉によって終結し、続いて徳川家康によって安定期へと移行するのですが、そこで初めて人々の間に心の余裕が生まれ、「笑い」に目を向けることが出来るようになったため、この時期に成立したのではないかなと思います。





さて、「醒睡笑」は全8巻に1,039話が収められています。

その噺の中には、古典落語の「子ほめ」などの由来となる噺もあります。

また、「醒睡笑」が世に出てから数十年後に、京都で活躍した噺家「初代露の五郎兵衛」が1691年(元禄4年)に著した「軽口露がはなし」では、88話中、28話が「醒睡笑」に由来する噺だそうです。

これらのことからも「醒睡笑」がのちの落語に大きな影響を与えたことがお分かり頂けると思います。

ちなみに「子ほめ」の由来となる噺は、巻一中の「鈍副子第十一話」です。

さらにちなみに、2007年には桂ざこば師匠が主演した「子ほめ」という落語を題材にしたテレビドラマが、関西ローカルで放送されたそうです。

師匠の芸暦45年、そして還暦を記念して制作されたこのドラマで、ざこば師匠は初主演を果たしたとのこと。

さぞかし気合の入った演技をなさったのではないでしょうか。





…と、ちょっと話が横道にそれましたね(苦笑)。

その「醒睡笑」、現代語に訳した形で現在も出版されており、今でも気軽に読むことが出来ます。

講談社学術文庫の「醒睡笑 全訳注」(宮尾 與男訳注)や、東洋文庫の「醒睡笑―戦国の笑話」(鈴木 棠三訳)などがamazonで検索すれば新品を購入できます。

もし「落語の源流」にご興味がある方は一読されるのも一興かもしれません。

さらに言うと、「くもんの高校入試スタートドリル こわくない国語古文・漢文」という教材では「おくのほそ道」「枕草子」「徒然草」などの名作に並んで「醒酔笑」も素材として取り入れられていたりします。

教材に取り入れられるということからも、文章としての形が素晴らしいものであること、書いてあることが、笑いの中にも教訓・道徳のようなものを見出すことが出来ること…などが含まれているのかもしれませんね。





では次回に続きます。

次回は、文中にもちらっと登場した、上方落語の祖と言われる「初代露の五郎兵衛」のお話を。





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本日の画像はウクレレ漫談中の茶会家楽志さんです。

茶会家さんは、さかいやさんと読みます。

学生時代はジャズピアノの名手でしたが、今では落語にウクレレ漫談にと、八面六臂の活躍を見せてくれています。

とても感情豊かに表現してくださる芸達者さんです。

※もし間違ったことを書いておりましたら、大変お手数ではございますがご指摘ください。早急に加筆・訂正させていただきます。

落語入門「第一回 落語の祖と言われる人物」

本日より、「落語入門」というシリーズをはじめようと思います。

「落語入門」というと大それた題目になってしまいますが、実はブログ執筆者の一人である私はそんなに落語に詳しいわけではなく、一から勉強するつもりで…という意味で書き始めました。

落語入門は、実は私自身が入門者であるために作られた…と言った方がいいかもしれません。

第一回として、今日は落語の祖…と言われる人物について書こうと思います。





落語の祖、と言われる人物は、京都誓願寺の「安楽庵策伝」や、豊臣秀吉の茶話相手だった御伽衆の「曽呂利新左衛門」などが挙げられますが、このうち「曽呂利新左衛門」は架空の人物と言われたり、実在したが逸話は創作だと言われたり、そもそも「安楽庵策伝」と同一人物ではないかと言われたりしており、実在したかどうか定かではなく、一般的には「安楽庵策伝(あんらくあん さくでん)」が落語の祖、と言われています。

彼が京都所司代の板倉重宗に語った話をもとに作られたといわれる、「醒睡笑(せいすいしょう)」という笑話集が、こっけいな話を集めた本の元祖と言われており、これがのちの落語に大きな影響を与えました。

ちなみに醒睡笑とは、眠りが覚めるほどの笑いという意味が込められています。

また、成立年は1623年とも、1628年とも言われています。

1623年というと徳川家光が江戸幕府第三代将軍に就任した年であり、1628年は「天下の副将軍」と呼ばれる水戸のご老公、徳川光圀が生まれた年です。

まさに、落語は首都としての江戸の誕生とほぼ同じ時期に誕生した…と言ってもよろしいのではないでしょうか。





話を戻します。

安楽庵策伝は浄土宗西山深草派の僧で、兄は織田信長や柴田勝家、そして豊臣秀吉に仕えた金森長近とされています。

元々笑い話が得意で、説教にも笑いを取り入れていたらしいのですが、京都所司代(江戸時代に京都の治安維持を担った部署)の板倉重宗に依頼され、醒睡笑を取りまとめました。

つまり、落語の源流はお説教だった…ということになりますね。

彼の説教の特色は「落ち」をつけたものだったということでして、こういうところからも落語の源流を感じます。

豊臣秀吉の前でも「落ち」を付けた説教をしたと言われており、「落ち」がついた説教を豊臣秀吉はどんなふうに聞いていたのかな?なんてことにも思いをはせることが出来ますね。

同時に、彼が法主に就任した誓願寺も、落語発祥の地とされていますので、もし落語好きの方でまたおいでになられていらっしゃらない方は、足を運んでみるのも一興かもしれません。

毎年十月初旬の日曜には彼にちなんだ「策伝忌」が営まれ、追慕の法要とともに奉納落語会が開催されています。

誓願寺の住所は京都府京都市中京区新京極桜之町453(新京極通り六角下る)です。




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本日の画像は札幌落語倶楽部を主宰なさっておられる綴家小太郎改め綴家段落さんです。

札幌の素人落語家さんや狸寄席スタッフの頼れる兄貴分でもあり、今後もますますのご活躍を期待しております。

※もし間違ったことを書いておりましたら、大変お手数ではございますがご指摘ください。早急に加筆・訂正させていただきます。

プロフィール

tanukiyose

Author:tanukiyose
狸寄席は、地元で活躍する芸人(パフォーマー)の紹介の場でもありたいと思っています。札幌に来たら狸寄席を見に行きたいと思われるような、お客様に愛されるコミュニティを目指します。
Q 札幌に寄席をつくろうと思うわけは?
A 東京や大阪には、定席と言われる寄席があります。そして寄席のある街の周辺には昔ながらの賑わいがあって、風情があります。我々は、かつて7軒も寄席があったと言われている札幌の中心市街地に、気軽に生の演芸を体験できる場所をつくることで、街を味わい豊かにできるのではないかと考えています。狸小路を和服で行きかう人が増えたり、北海道の歴史や出来事を落語にする人がでてきたり、そうした街に魅力を感じて、街を愛する人が増えれば良いなと思っています。即物的に買い物を楽しむだけではない、そこにいる時間を楽しめる場所をつくることで、文化的に豊かなまちづくりに貢献できると信じて「寄席」づくりを目指しています。
Q 狸寄席と他の落語会の違いは?
A 狸寄席は、本場江戸の寄席のように、着流しでふらっと立ち寄れて飲食も楽しめることができます。また、地元で活躍する芸人( パフォーマー) も多数出演する札幌スタイルの番組で、どこにも真似できない寄席をつくっていきます。

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